横隔膜ヘルニア

3.
出生前診断された先天性横隔膜ヘルニアの予測重症度に基づいた治療指針
(2010年版 Ver4)

ー胎児横隔膜ヘルニア治療の層別化ー

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【先天性横隔膜ヘルニアとは?】

 先天性 横隔膜ヘルニアとは、広義には食道裂孔ヘルニアや胸骨後ヘルニアも含みますが、狭義にはいわゆるボホダレック孔ヘルニアと呼ばれるもので、生まれつき左右どちらか(まれに両方)の横隔膜の後外側(背中側で外側)を中心として横隔膜に欠損孔があって、この欠損孔を通じて腹腔(お腹)の臓器が胸腔(胸の中、肺や心臓の隣)に入り込んでしまう(ヘルニアと呼びます)病気です。先天性横隔膜ヘルニアは左側の例が多く(8割以上)、また通常横隔膜の欠損孔には膜状の袋を伴なわないため腹部臓器が直接胸腔内に入り込みます。胎児期からヘルニアが発症する場合から、遅くは学童期・成人期になって初めてヘルニアが起きる場合まであり、その発症時期によって重症度や症状は非常に多様です。
 中でも新生児期に発症する先天性横隔膜ヘルニアは一般に重症ですが、特に生後12時間以内の発症例(何らかの症状の出現する例)は重症と言われています。最近ではこれらの症例の7割以上が出生前から胎児超音波検査などで診断がついており、胎児横隔膜ヘルニアと呼ばれることもあります。当院では、2000年~2009年に治療を行った先天性横隔膜ヘルニアの93%が出生前診断のついた、いわゆる胎児横隔膜ヘルニアです。(下記グラフ参照)
 胎児 横隔膜ヘルニアの場合、胎児の各臓器が発育・形成過程でヘルニアが起こるため、臓器による圧迫が起きる時期と程度によっては、圧迫された臓器の発育・形成そのものに影響を及ぼします。胸腔の臓器を腹部臓器が圧迫するため、特に肺の低形成と心臓の低形成が問題となります。結果的には横隔膜の欠損孔の大きさとも関係しますが、臓器圧迫が始まった時期が早いほど、また肝臓による圧迫の程度が強いほど、この臓器の低形成も高度と考えられ、結果的に病気の重症度が高くなります。



【出生前の重症度の評価】

1.胎児横隔膜ヘルニアの重症度予測の方法:
 重症の合併奇形を持たない先天性横隔膜ヘルニアの重症度は、その胎児の肺が胎内でどの程度発育しているか(肺低形成の程度)によって決まります。肺低形成の程度を出生前に評価するには、胎児の肺(特にヘルニアが起こっている側と反対側の肺)の容積が正常の胎児に比べてどのくらいかを知ることによってある程度可能となります。この方法としては超音波による計測や胎児MRIなどが用いられますが、体の小さな胎児で肺の体積を正確に計測する方法は、まだ完全には確立されておらず様々な簡便法により評価されています。

a) LT比(肺胸郭断面積比):約18年前から私達が用いている方法です。胎児の心臓の四つの部屋が見える胸部横断面で、胸腔断面積に対する健側肺(ヘルニアと反対側の肺)の断面積を測定してその比率で表します。正常児では妊娠期間を通じて一定の値をとるといわれています。

         

b) LHR(肺断面積児頭周囲長比):約13年前から欧米で用いられはじめた方法です。LT比と同じ胸部横断面で、健側肺の長径とこれと直交する短径をかけた値を、その胎児の頭の周囲の長さで割った値で表します。正常児では妊娠の進行とともに自然増加するといわれています。

       

c) 胎児健側肺容積:理論的には胎児の肺容積はMRIと3D超音波により計測できますが、現在では技術的な問題から主としてMRIで行われています。しかし解像度の問題からまだ小さな胎児で正確に肺容積を測定することができません。標準肺容積個々の胸腔容積、個々の体全体の容積などとの比率で表されます。(まだデータが少なく一定の評価基準はありません)
d) 胎児心評価法:胎児の心機能や肺への血管を超音波で計測することで肺低形成の評価や心臓の低形成の評価が可能と言われています。まだデータが少ないため一定の評価基準はありませんが、肺容積以外で評価する方法としては今後有望な方法と考えられます。

 重症の合併奇形(重症心奇形・染色体異常・心臓以外の臓器の重症先天性奇形)を有する場合は、肺低形成の程度よりも、それらの合併奇形の重症度が、全体の重症度を決めてしまう場合があるため、上記のような評価方法だけでは重症度の予測ができません。一般的には、そのような重症の合併奇形を伴うほど、重症度はより高くなります。

2.LT比の測定方法:
 胎児超音波を用いて胎児胸郭断面積を描出します。この時、胎児の心臓の拡張末期に四つの房室が全て確認できる断面で、かつ胎児肺の周囲が明瞭に見えるように胎児の肋間(肋骨と肋骨の隙間)に平行な断面で超音波を入れます。(体幹に直交する横断面ではありません。)胸郭の内側に沿ってトレースして胸郭断面積を、肺周囲に沿ってトレースして肺断面積を求めます。(かつては患側肺も計測していましたが慣れない人が測定すると脾臓を肺と誤って計測してしまうため、現在は健側肺のみで評価しています。)



【予測重症度の分類と重症度別管理指針】
    -胎児横隔膜ヘルニア治療の層別化の試みー

1.LT比による予測重症度分類:
 私達は上記の測定方法で測定した健側肺のLT比によって、胎児の出生後に予測される重症度を4群に分類しています。

最重症群(C群): 健側肺のLT比が0.08未満でかつ
             肝臓の一部が胸腔内に嵌入しているもの
重症群(B群):   0.08≦健側肺のLT比<0.13 または
             健側肺のLT比が0.08未満でも肝臓が嵌入していないもの
中等群(A-2群): 0.13≦健側肺のLT比<0.18のもの
軽症群(A-1群): 0.18≦健側肺のLT比のもの

注)但し、上記は左側横隔膜ヘルニアの場合。右側については十分なデータがないため、一般的に左側より重症の傾向があること、肝臓の嵌入が必発であることから、暫定的に上記の基準より1段階上げて分類している。

 最重症群(C群)は肺低形成が強いため重症度が極めて高く、たとえ新生児期を乗り越えても、その後に肺低形成に起因した呼吸不全で死亡する症例も多く見られます。今後わが国でも胎児治療が開始され普及した場合、25~26週までに発見されれば、将来胎児治療の適応になる群と考えています。

2.LT比による予測重症度に基づいた周産期管理:
 私達は純粋な母体理由や産科的理由がなければ、原則として経腟分娩を選択しています。但し、重症の横隔膜ヘルニアではお産が近づくと胎児心拍などに異常を来すこともあり、その場合は胎児側の緊急的理由で緊急帝王切開になる場合もあります。原則として、上記の四つの群によって次のような分娩時の体制をとっています。

最重症群(C群):出生後の児の急変に備えて外科的処置(人工肺の装着など)も可能なように、機器類やスタッフを全てスタンバイして手術室で分娩していただきます。必ず新生児科医が対処し、小児外科医も必ず立ち会います。
重症群(B群)
中等群(A-2群): 経腟分娩では分娩室での分娩となりますが、機器類やスタッフをスタンバイするために、満期以降の適切な時期に計画分娩(誘発分娩)していただきます。必ず新生児科医が対処し、小児外科医も必ず立ち会います。
軽症群(A-1群):分娩後の児の状態を診ながら、より重症な管理へと切り替えていく時間的余裕があるので、機器類の準備を行った上で、自然経膣分娩(自然陣痛発来待ち)となります。必ず新生児科医が対処しますが、原則として小児外科医も立ち会います。

3.LT比による予測重症度に基づいた出生後初期全身管理:
 重症の横隔膜ヘルニアでは、児が出生後は非常に迅速に治療を進める必要があります。予測される重症度に応じてあらかじめ行う初期管理を定めて対応しています。

最重症群(C群):出生後直ちに挿管して特殊な人工呼吸(高頻度振動換気)とNO(一酸化窒素)吸入療法を開始します。直ちに点滴ルートと動脈ルートを確保して、鎮静薬と循環補助作動薬の投与を行います。手術室でそのままカットダウン法で中心静脈ルートを確保して中心静脈圧測定を行うとともに循環補助作動薬の投与を確実なものにします。呼吸・循環の安定を確認して集中治療室に移動します。呼吸の安定が得られなければ、そのまま人工肺(ECMO)を装着する場合もあります。
重症群(B群): 出生後直ちに挿管して特殊な人工呼吸(高頻度振動換気)とNO吸入療法を開始します。直ちに点滴ルートと動脈ルートを確保して、鎮静薬と循環補助作動薬の投与を行います。呼吸・循環の安定を確認して集中治療室に移動します。その後集中治療室でカットダウン法で中心静脈ルートを確保します。
中等群(A-2群):出生後の呼吸状態を観察して必要があれば挿管します。直ちに点滴ルートと動脈ルートを確保します。必要に応じて、人工呼吸、NO吸入療法、鎮静薬や循環補助作動薬の投与を行います。その後NICU、集中治療室に移動します。中心静脈ルートは末梢から挿入(PIC)またはカットダウン法で確保します。
軽症群(A-1群):分娩後直ちに点滴ルート、動脈ルートを確保して、NICU、集中治療室または重症管理室に移動します。全身状態を観察して必要に応じて、挿管、人工呼吸、NO吸入療法、各種薬剤の投与を行います。中心静脈ルートは末梢から挿入(PIC)し、根治術時にカットダウン法で確保しなおします。

4.根治術までの管理:
 上記のように予測重症度に応じて速やかに初期管理を開始したあと患児の状態を観察しながら、根治術までの管理を行います。この間は
1)肺高血圧(PPHN)の評価と管理
2)心不全(右心不全と左心不全)の評価と管理
を中心に行います。1)と2)が安定して行える目途が得られれば、速やかに横隔膜ヘルニアの根治術を行います。通常、出生翌日以降 (場合により当日)できれば72時間以内の手術を目標とします。しかし、1)と2)が安定しなければ根治術を更に待つ必要もありますし、それ以前に人工肺(ECMO)の装着が必要になる場合もあります。従来では、肺高血圧に対して様々な呼吸管理が特に強調されてきましたが、最近では、肺高血圧に伴う心不全に対しても適切な管理を行うことが、結果的に治療成績の向上に繋がると分かってきました。

5.横隔膜ヘルニア根治術:
 経腹的に手術します。(ヘルニアのある側の上腹部横切開で手術)腹腔臓器を胸腔から腹腔にもどし、横隔膜の欠損孔を直接縫合閉鎖またはパッチ(ゴアテックス)閉鎖します。閉腹すると腹部が緊満する場合は、閉腹時に人工膜で仮閉鎖して後に閉鎖する場合もあります。根治術前に人工肺(ECMO)の装着が必要になった場合は、原則としてECMOの離脱を優先してから手術を行いますが、ECMO装着下に手術を行うこともあります。

6.最近の呼吸管理の考え方:
 高度な肺低形成のある症例に、肺高血圧が高度な時期に無理な呼吸管理を行って新生児期、乳児期を乗り越えても、その間の無理な呼吸管理によって肺に取り戻しのつかないダメージを残してしまうと人工呼吸状態からは結局離脱できないまま、いずれ感染症を併発して死亡してしまう症例が多数あります。もともとは肺低形成に原因があるのですが、このような症例に対して、最近では新生児期、乳児期には肺に取り戻しのつかないような限度を超えるダメージを与えない呼吸管理を行うとういう考え方が一般的になりつつあります。そのためにかえって新生児期、乳児期を乗り越えられない症例も出てきますが、逆に考えるとこのような症例では現段階におけるあらゆる治療手段の限度を超えた肺低形成を伴っているとも言えます。

7.診療実績:
 1990年~2009年に大阪大学小児外科で診療を行った先天性横隔膜ヘルニアの診療実績を示します。
     診療実績の推移



    大阪大学小児外科 治療成績

 時期 症例数  うち重篤な合併奇形を伴う症例  出生前診断率  生存退院例  重篤な合併奇形例を除く生存退院例 
 1990~1994  18  5  7/18 (39%)  11/18 (61%)  11/13 (85%)
 1995~1999  19  1  13/19 (68%)  12/19 (63%)  12/18 (67%)
 2000~2004  12  2  12/12 (100%)  7/12 (58%)  7/10 (70%)
 2005~2009  18  2  16/18 (89%)  16/18 (89%)  15/16 (94%)



8.多施設共同研究による重症度分類(北野の分類):
 
2009年4月1日〜2010年3月31日の期間に国立成育医療センター胎児診療科の左合先生を中心とした多施設共同研究が行われました。この研究結果として、LT比やLHRを用いない新たな重症度分類が提唱されました。(北野の肝胃重症度分類)
 左横隔膜ヘルニアにおける肝臓の胸腔内嵌入(Liver Up)と胸腔内に嵌入した胃の位置の組み合わせによる重症度分類法で、計測法による個人差の影響を受けにくい重症度分類です。計測を必要としないため、どこの施設でも利用しやすい重症度分類法と言えます。

Group I    Liver Up(肝の胸腔内嵌入)がない群・・・・・・最も予後の良い群

Group II   Liver Upがあるが、胃の陥入の程度はGrade0-2に留まる群・・・・・・予後が中等度の群

Group III   Liver Upがあり、かつ胃の陥入の程度がGrade3の群・・・・・・・・・予後が最も不良な群

   (注:胸腔の高さの1/3以上肝臓が嵌入した場合をLiver Upと定義する)
   (胃の陥入の程度:Grade 3:胃の1/2以上が右胸腔内、Grade 2:胃は右胸腔内に入るが1/2未満、
            Grade 1:胃は胸腔内だが右胸腔内には入らない、Grade 0:胃は腹腔内に留まる)

多施設共同研究の結果では、重篤な合併奇形を有さない胎児左横隔膜のうち、Group IIIに分類された症例では、在宅治療を必要としない生存退院ができた症例は、10%程度であったという結果が報告されました。(2010年、日本小児外科学会学術集会)

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                                       (以上文責 臼井規朗 2010.7.13)

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