2.重症心身障害児の胃食道逆流症に対する噴門形成術

【胃食道逆流症(GERD)とは?】
 胃食道逆流症とは、胃の噴門の形態異常あるいは機能不全のために、胃の内容が病的に食道に逆流することによって生じるさまざまな症状を来す病態のことをいいます。逆流は胃液のみのことも、食事内容を伴うこともあります。
 胃食道逆流症は単独で生じる以外に、食道裂孔ヘルニアに伴う場合や食道閉鎖症術後や横隔膜ヘルニア術後に合併して発症する場合が知られています。しかし、もっとも頻度が高く重要なものとして、重症心身障害児に発症する胃食道逆流症が注目されています。

 逆流による症状としては大きく次の3つに分けられます。すなわち、1)栄養障害、2)呼吸器症状、3)逆流性食道炎、による症状です。
1)栄養障害:
嘔吐やその他逆流による要因で、食事摂取が不十分になるため栄養障害を来すことがあります。また、たびたび呼吸器感染を繰り返す例でも体重増加は不良となります。ことに重症心身障害児では嚥下障害を伴う場合も多く、深刻な栄養障害を伴うことがあります。
2)呼吸器症状:
逆流した胃液が、無意識のうちに気道に流入して肺炎や気管支炎などの呼吸器感染を起こす場合、胃液の刺激による喉頭炎や唾液分泌過剰による「ゼロゼロ」症状、胃酸刺激が誘因となる喘息発作・無呼吸発作などがあります。
3)逆流性食道炎:
逆流した胃酸が食道粘膜を傷つけることによるさまざまな症状を生じます。自覚症状としては胸焼けや不快感。食道炎による出血をきたすと、吐血・下血・慢性の出血による貧血など、慢性の炎症性刺激のため瘢痕性狭窄や将来に癌化をきたす危険があること、などです。
その他に嘔吐による誤飲や神経反射などと関係して、突然死することもあると言われています。

【胃の噴門の機能】
 胃の噴門部(食道からつながる胃の入り口部分)には、特定の状況(げっぷなど)を除いて胃から食道内に逆流が生じない機能が備わっています。この逆流防止機構はいくつかの要素から成り立っていますが、腹腔内に食道の一部が入っていること(腹部食道の存在)、食道と胃の合流する角度(His角)が鋭角であること、下部食道括約筋が存在すること、などです。



 腹部食道や胃の上部が胸腔内に滑脱する食道裂孔ヘルニアや腹圧がしばしば非常に高くなる重症心身障害児では、この逆流防止機構に破綻をきたしやすく、しばしば胃食道逆流症を併発します。

【胃食道逆流症に対する検査】
 食道や胃の形態および逆流の状態を観察するための上部消化管造影検査、食道への胃酸の逆流頻度や時間を24時間持続して測定するための24時間pHモニター、逆流性食道炎による食道粘膜の変化を検査するための食道・胃内視鏡検査、下部食道括約筋の機能を測定するための食道内圧検査、などがあります。

【胃食道逆流症に対する手術】
 胃食道逆流症に対しては、私たちは原則としてNissen噴門形成術を行っています。アプローチの方法としては、傷が小さく術後の創部痛などの影響が小さい腹腔鏡下での手術を第一選択としていますが、状況に応じて開腹下でも手術を行っています。
 手術の適応:24時間pHモニターで、食道が胃酸にさらされる時間が一日のうちの4%以上ある胃食道逆流症が証明され、なおかつ制酸剤などの内服薬や、体位の工夫、栄養摂取方法など種々の保存的治療を行っても、上記の3つの症状、つまり1)栄養障害、2)呼吸器症状、3)逆流性食道炎などが十分によくならない場合、あるいは胃食道逆流症によってあやうく生命を失いかけるようなエピソードがあった場合を手術適応と考えています。

【Nissen噴門形成術】
手術の手順:
1)開腹または腹腔鏡下に胃噴門部にアプローチする。胃噴門部大弯の短胃静脈などの血管を処理して周囲を剥離する。さらに食道裂孔から腹部食道の周囲を剥離して遊離する。これらの操作によって食道裂孔の辺縁が明らかになる。


2)食道裂孔の辺縁を形成する左右の横隔膜脚(食道の背側に存在する筋束)を縫合して裂孔を縫縮する。縫縮された裂孔の新しい辺縁と食道壁を縫合固定して一定の長さの腹部食道を確保する。


3)遊離された噴門弓隆部を腹部食道の背側を通して右側へと引き出す。


4)引き出された噴門弓隆部で腹部食道を包み込むように取り巻いて縫合する(Nissenの手技)。さらに数針の縫合により全体を固定する。


5)重症心身障害児の場合、術後の栄養管理のために、しばしば胃瘻の造設が行われることがある。


                      (以上文責 臼井規朗)

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